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負の遺産との決別 ~核廃棄物の地層処分~
 
井上照幸(大東文化大学)

Ⅰ. 「核燃料サイクル」の破綻
 原子力発電は当初から、「発電後の使用済核燃料の処理方法が不明である」という難問を抱えてきた。原発は「トイレのないマンション」なのである。ところが、新たな構想として、発電に使用した核燃料を再び発電に用いる、という「核燃料サイクル」が浮上した。これを日本は採用することになり、「トイレのないマンション」問題は解決したかのような世論が形成されてしまった。しかし、その現実には極めて厳しいものがある。高速増殖炉「もんじゅ」は、 1995 年の事故以来、ほとんど動いていない。また、六ヶ所村の再処理工場も、 1997 年に稼働する予定だったが、 18 回も延期が繰り返されて 14 年後の現在でも本格稼働に至っていない。
 結局、行き場を失くした使用済核燃料は、原発の敷地内のプールに貯蔵されている。そのことは、今回の福島原発事故によって、私たちの知るところとなった。このまま放置すれば、数年後には、原発内の核燃料プールは満杯になってしまう、ともいわれる。 
( * 以下において、使用済核燃料及び高レベル放射性廃棄物を「核廃棄物( nuclear waste )」と表現する。)

Ⅱ. 『 100,000
年後の安全』をめざす~フィンランドの場合
 「トイレのないマンション」から排出された核廃棄物の処分方法では、日本を含む多くの国で「地層処分」が支持されている。ただし、現実に地層処分場の建設工事に着手しているのはフィンランドだけである。首都ヘルシンキから北西へ 240km のオルキルオト島で最終処分場の建設が進んでいる。最終処分場に持ち込まれるのは、フィンランドの原子炉5基から排出される合計 5,500 トンの核廃棄物である。廃棄物処分施設は地下 400 mの場所に段階を経て建設され、搬入した核廃棄物で充たされた後に操業が停止される。そして、入り口は厚いコンクリートで閉ざされる。それは 2100 年代、即ち 22 世紀初頭のことになる。建設計画に関わった人は、当然のことだが誰も生きていない。
 核廃棄物の放射線量が人間に無害となるには 10 万年の歳月を要する。従って、この処分施設は 10 万年間、堅く閉ざされなければならない。

Ⅲ. 日本における地層処分
 ⅰ.NUMO~地層処分の実施主体~

 我が国で地層処分事業を実施する主体は、原子力発電環境整備機構である。英訳名の略称NUMOで呼ばれることが多い。電力各社の出資等によって設立され、理事長の前職は東京電力の常務取締役、また副理事長は経済産業省のキャリア官僚からの転身である。
 このNUMOを規制する機関は、原子力安全・保安院である。保安院は、原子力施設を規制する、いわゆる「安全規制」の権限を持つ。因みに、原子力安全委員会は、安全規制の執行機関ではなく、諮問機関とされる。
 ⅱ.地層処分の事業計画

 我が国における地層処分の事業計画は、「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」に基づいて次の段取りで実施される。
  ① 事業実施者による調査(文献、概要、精密)
  ② 地上での施設構築
  ③ 地下での施設構築→核廃棄物埋設→埋戻し作業
  ④ 地下施設の閉鎖と地上施設の解体撤去
  フィンランドの場合は原子炉が5基だが、日本にはその約 10 倍の原子炉がある。したがって、核廃棄物の量も遥かに多いものとなる。実施主体のニューモが文献に記す事例では、地下 1000 mの地点に、 3 ㎞× 4 ㎞の施設を造り上げる。この地下施設は、区分けされた複数の区画から成り、一区画毎に坑道を設けて、核廃棄物を搬入し埋設していく。これらの作業には 50 年程度が見込まれている。そして、埋め戻しが終了した後、 10 年ほどをかけて地下施設の閉鎖と地上施設の解体撤去が行われる。
 このように、調査開始から地上施設撤去までには 100 年間ほどかかる、と見込まれる。

 ⅲ.現状と課題
 
 それでは、地層処分計画の進行状況はどうなっているのか。
2002 年に、計画の第一歩となる文献調査の候補地の公募が開始されたが、 1 件の応募があっただけで、それも直ぐに撤回された。その後の正式な応募は皆無である。
 高レベルの放射性廃棄物を、大量に自らの故郷の土地に埋設するのである。福島原発事故で放射能汚染の恐怖を身近に知った町や村が、地層処分を受け入れるのだろうか。普通に考えれば可能性は限りなく零なのだろう。しかし、過疎化と経済の疲弊に苦悩する町村にとって、“金銭誘導”が抗しがたい魔力を発揮する場合もある。地層処分調査に応募すれば、少なくとも年間 10 億円の交付金を受けられる。これは、原発立地地域対策交付金と比べて数倍も多い金額である。
  このままの状況では、応募する町村があった場合、安全基準を緩和してでもクリアさせかねない。これまでの一連の所業を識るにつけて、安全規制を担う保安院は信頼するに足る機関ではないと強く思う。福島原発事故でも垣間見えた、政官財の悪しき癒着構造は正されねばならない。このままに委ねてしまえば、我が国の地層処分は「 10 万年後の安全」を語りうる次元には至らない。建設中に、巨大事故を引き起こす危険さえ秘める。 
 人類の未来が左右される「核廃棄物の地層処分」の大事業において、事業推進主体と安全規制との癒着は、決して許されない。具体的には、心ある研究者が提言するように、NUMOが行った選定結果について、「専門能力と中立性において信頼性のある第三者機関がチェックする仕組み」を採り入れる必要がある。カネによる立地誘導との決別を含めて、過去と決別して新たな地平を展望する好機としたいものである。

(主要参照文献)
・原子力発電環境整備機構『地層処分――その安全性』 2009 年 10 月。
・資源エネルギー庁『電源立地制度の概要』 2010 年 3 月。 同左『原子力2010』 2010 年 9 月。
同上 『諸外国における高レベル放射性廃棄物の処分について』 2011 年 2 月、など。
・一連の衆議院及び参議院の国会会議録。
・マイケル・マドセン監督『 100,000 年後の安全』(フィルム&シナリオ)。
・山口聡「高レベル放射性廃棄物最終処分施設の立地選定を巡る問題」
(国立国会図書館及び立法考査局『レファレンス』 2010 年 2 月)

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