プロフィール

生い立ち

1950年北海道新ひだか町(旧静内町)4人兄弟の長男に生まれる。就学前に小児結核にかかり完治するも小学校低学年では体育の授業は見学。痩せ細った体格で、親はまともに成長するか不安だったという。

小学校6年生の時、父は戦争が遠因で左足を根元から切断し重度身体障害者に。家計は火の車だったが、父のダジャレにお腹を抱えて大笑いする母が家庭を明るくしていた。

一日も早く家計を助けるべく大学進学をあきらめ奨学金を受けながら国立高専へ。5年間の寮生活。学生時代に英検2級を取得。

就職・入党

王子六丁目にあった保土谷化学中央研究所に配属。職場で労働組合、民青、日本共産党に出会う。

何回かのリストラで横浜、つくばに通勤。定年時の職位は主任(一般職)で分析・検査業務、研究開発業務(有機合成・高分子物性など)のワーカーとして40年間勤務した。入社直後、第1種放射線取扱主任取得。

結婚・子育て

青春時代に何度も失恋を経験。映画「男はつらいよ」の大フアン。

30歳で結婚、2女に恵まれる。定年まで同年齢の妻の収入を超えることは一度もなかった。

子どもはゼロ歳から無認可保育園にお世話になり、これが縁で20年間無認可保育園の理事長に。10年間、保育園の送り迎えは私の仕事だった。