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2004年 8月10日 通算579号

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発行 日本共産党区議団
北区王子本町1-15-22
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被爆60年、2005年を国際行動年に
核兵器をなくすために「広島からのよびかけ」 
ヒロシマ・ナガサキの被爆から、来年は60年。核兵器使用の危険が高まる今日の動きに、被爆地から世界にむけての強い意志が表明されました。
小泉首相のアメリカ追従ぶりが激しく問われることになった、ことしの慰霊祭。「広島からの呼びかけ」を読み返しながら、私たち自身もどう行動していったらいいのか。また、「平和都市宣言」の北区が自治体としてどうしてゆくのか。ぜひご一緒に考えていただきたく、よびかけの「全文」をご紹介しました。

2004年8月7日(土)「しんぶん赤旗」

原水爆禁止2004年世界大会・広島決議

広島からのよびかけ


 原爆の惨禍の中から核兵器禁止の声をあげ、世界の声としてきたヒロシマで、私たちは核兵器廃絶の運動を飛躍的に強めようと誓い合った。世界は、戦争と核兵器使用の危険が強まる一方、「第二のスーパー・パワー」とよばれる諸国民の世論と運動によって、平和を切りひらく可能性もひろがっている。

 非同盟諸国、新アジェンダ連合の政府代表、世界と日本の反核平和運動の代表が集った原水爆禁止二〇〇四年世界大会国際会議は、核不拡散条約(NPT)再検討会議が開かれる被爆六十年の二〇〇五年を、核兵器の恐怖から人類を解放するための国際行動の年とし、地球的規模の運動を発展させようとよびかけた。私たちは、日本列島のすみずみに運動をひろげ、被爆国日本の運動としての期待にこたえよう。

 一、二〇〇五年五月のNPT再検討会議にむけ、前回のNPT再検討会議で核保有国がおこなった核兵器廃絶の「明確な約束」の実行をせまる圧倒的な世論と運動をまきおこそう。そのために、広範な人びとの反核平和の願いをひとつにむすぶ「いま、核兵器の廃絶を」署名運動に、全国の地域、職場、学園で大規模にとりくもう。

 NPT会議にさいして、広島、長崎両市長をはじめとする平和市長会議が提唱した五月一日ニューヨーク大行動や、日本と世界各国からの署名の共同提出、国際平和行進など、多彩でゆたかな行動をくりひろげよう。平和市長会議の提唱にこたえるよう各自治体に申し入れよう。

 今秋の国連総会で、核保有国をふくむすべての政府が核兵器廃絶をもとめる諸決議に賛成し、核兵器全面禁止国際協定の交渉にふみだすよう要求しよう。アメリカに核兵器の使用と開発計画の放棄を求めよう。

 二、日本政府が被爆国にふさわしく核兵器廃絶のための積極的行動をとるよう要求し、「非核三原則」の厳守・法制化、「核の傘」からの脱却を強くもとめよう。

 核兵器使用をふくむアメリカの先制攻撃戦争に日本を参戦させるための憲法改悪を阻止しよう。国民の反核平和の願いを結集し、広範な人びととの共同をひろげ、憲法九条を守ろう。

 イラクからの自衛隊即時撤退をもとめ、有事法制の具体化をはばもう。沖縄・名護新基地建設、横須賀への原子力空母母港化計画をはじめ、日本を世界規模の核出撃基地とする在日米軍基地の再編強化に反対し、日米軍事同盟解消の世論と運動をひろげよう。

 三、原爆症認定集団訴訟の支援をはじめ、被爆者との連帯を強めよう。原爆展や証言活動、原爆遺跡保存など被爆の実相を伝える活動を被爆者とともにすすめよう。

 世界の核被害者との連帯を強めよう。

 「いま、核兵器廃絶を」―この共通のスローガンのもと、世界中の人びとと手をつなぎ、いまこそ行動に立ちあがろう!

  二〇〇四年八月六日

  原水爆禁止二〇〇四  年世界大会・広島


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9月10日から北区議会定例会がはじまります。
お盆休みが明けると、8月末に内示会が開かれます。決算の審査もありますので10月8日までの会期です。

7月22日には「北区基本計画2000」の改定と「北区経営改革プラン」の策定に関する「答申」も出されました。

図書館窓口や保育園調理の外部委託や学校の統廃合問題など緊張の日々を迎えます。
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恒例の赤羽台団地祭で特別企画展(7月31日~8月1日)
夏祭りや花火大会など、夏の行事が各地で開かれていますね。

いよいよ、建替え工事として、第1期1ブロック(赤羽台西小の向かい側)で除去・解体の工事がはじまった赤羽台団地。

この団地祭の中で、日本女子大学居住学科のみなさんが、特別企画を用意して注目を集めました。

写真が語る赤羽台団地の40年
赤羽台団地にお住まいの方々が、団地内で撮影した入居当時から現在に至るまでの写真を通じて、赤羽台団地の歴史を振り返ります。

赤羽台団地 思い出アルバム展

「私もこんな場所で子育てしたいと思いました」 
昭和時代の大切な居住空間ですね。

そねはじめ都議も参加
トークセッションの会場風景
各大学の学生さん、居住者の方々などが熱い思いを語った。


思い出の写真を見ながら
~トークセッション~
 

私(さがらとしこ)は、トークセッションにひかれて参加しました。日本女子大家政学部居住学科篠原研究室の皆さんが展示してくれた写真展。一枚一枚に団地の歴史が刻まれていて、あらためて写真の持つ魅力を感じました。
トークは、パネリストや学生の皆さんが、赤羽台団地にどんな印象を持ったのかといういところから始まりました。
「駅前と全くちがう不思議な空間」「ノスタルジックでファッショナブルーー建物や空間に個性を感じた」「30代はこういう空間に魅力を感じるんです。こんな場所で子育てしたいなあ」などなど。居住者からは樹木の大切さと残してゆきたい思いが語られ、時間をオーバーしてのトークがつづき、いろいろなヒントをいただきました。

右が司会進行役の篠原聡子日本女子大学助教授、中央は京都文教大の森正美助教授、左は東京理科大の大月敏雄助教授(パネリスト)

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