トタン屋根も腐しょくし、自家用車が深くうもれています。島内10数ヵ所の現場を直接調査させていただくことができました。 |
特養ホーム、あじさいの里にて、2004.10.10 |
日本共産党調査団同行記
荒れはてた家、火山ガス不安…
帰島・復興へ支援強めて 2004.10.17付 しんぶん「赤旗」より
夜が明けると、真っ青な空に雄山の山頂から白い噴煙が上がり、中腹から上は火山ガスにより立ち枯れした木で真っ白。
トタン屋棍が腐食し、骨組みだけになった家屋があちこちに見られます。十五日、来年二月に全島避難から四年半ぶりの帰島をめざす三宅島を現地視察した日本共産党調査団(団長・山口富男衆院議員)に同行しました。
記事
東京都・川井 亮記者 写真 橋爪拓治記者
天井近く泥流
調査団は同日午前五時前、まだ夜明け前の三池港に上陸。同港は高濃度の火山ガスの噴出で帰島後の立ち入りが制限される「高濃度地区」の真っただ中にあり、かすかに硫黄のにおいがします。
島を一周する都道から村道に入ると、泥流で高さ数十㌢まで埋まった民家。家の前に止めたままの自動車は、白い車体が赤茶色にさび、底が抜けて車内には草が伸びていました。
東北部の神着地区には、家の天井近くにまで泥流が入り込んだ家も。泥流や火山ガスの被害がないように見えて、シロアリやイタチなど小動物による被害を受けた民家も多数あります。
荒れ果てた家を住めるようにするには、多額の費用がかかります。村の住民説明会(九月)では「家屋の修繕に二、三百万円かかる」という声もありました。生活の先行きも多難ななか、住宅再建に行政の踏み込んだ支援制度が必要だと痛感しました。
突然の硫黄臭
バスで都道を走ると、防災行政無線の鉄塔から「ガスの方向は南西。濃度は…」という声が聞こえてきました。一日四回、定時に流しているガス情報です。南西部の薄木地区をしばらく行くと、突然、硫黄のにおいがただよってきます。火山ガスです。
北部の伊豆地区では、一時帰島した際の宿泊場所として約三百人を収容できる脱硫装置付きの避難施設がありました。
村は現在、島内十四カ所で火山ガス濃度を測定し、村役場でデータを集中管理しています。火山ガスの噴出を自動検知し、濃度に応じて警報を村民に知らせる装置を設置するとともに、高感受性者の自宅には脱硫装置設置に補助する方針です。
村民からは「帰っても大丈夫か」という不安も強く、「脱硫装置を各家庭につけてほしい」という要望も出ています。
「耕作したい」
三宅島は、都道は被災個所の復旧がほぼ完了。しかし、林道はまだ大半が不通。水道は全島で給水可能ですが、電気や電話が二十四時間使えるのは今のところ主要施設だけです。
島唯一の特別養護老人ホームは、まだ再開のめどが立っていません。島のホームには、二〇〇〇年の避難時に残された孫との写真や身の回り品、お気に入りの歌手のポスターなどがそのまま残っていました。入所していたお年寄りは、今どんな思いでいるだろうと切なくなりました。
伊豆地区のアシタバ農園も、雑木、雑草に覆われていました。村の説明会では「帰島したら、耕作ができるよう早く開墾してほしい」と話す村民が多く、行政の緊急の対応が必要です。
帰島を前にした今、村民は懐かしい島の暮らしを立て直す思いと同時に、収入の道や破損した家・畑、村営住宅の建設の遅れ、火山ガスなど、さまざまな困難を前に不安を募らせています。村民の不安にどうこたえ、島の復興をなしとげるか--。国・都・村のいっそうきめ細かな支援策が、どうしても必要だとの思いを強くしました。
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