豊島中央通り商店街スプリングパーティ

4月29日㈷地元、#豊島中央通り商店街スプリングパーティーへ。

商店街を歩行者天国にして、ダンスなどのステージスペース、たくさんの飲食テントブース、子ども達の遊びコーナーが出現!

わぁ〜すごーい😍と、わくわくテンションが爆上がりでした。

親子連れの皆さんもいっぱい🥰くらしの身近な交流の場はホントに嬉しい😄私もすっかり童心に返って楽しみました。

準備された商店街や関係者の皆様、本当にありがとうございました🙇

バス🚌待ち時間の交流

おはようございます4月29日(火)😊今朝はUR豊島5丁目団地バス停からご挨拶。

昨日行った「エネルギー・物価高騰からくらしと営業を守る」区長への申し入れなど、

たい子レポートでお知らせしました。

ご家族の近況やお仕事の様子をお話くださる方も。

バス待ちのわずかな時間ですが、とても大切なひと時です。

昨日は虹🌈が話題に。今日は晴れ晴れとした青空に薫風。皆様、良い1日をお過ごしください。

団地内のガーデンを愛でながらひと息タイム(^^)

イラン攻撃の影響による物価高騰からくらしと営業を守るなど北区長へ要請

4月27日、日本共産党北区議員団は山田加奈子北区長へ、以下、3つの要請を行いました。

1つは、イラン攻撃の影響による物価高騰から区民のくらしと営業を守るための要請です。

ホルムズ海峡封鎖の影響が区内事業者や医療機関などに及んでいる状況に対し、物価高騰や資材不足についての実態把握や相談窓口の設置、緊急中小企業支援資金の緩和やゼロゼロ融資の返済猶予の延長、事業者や医療機関などへの直接支援を要請しました。

2つは、駅周辺のまちづくりに関する要請です。

王子駅周辺の先行実施地区の計画案について、区として再度の説明会の開催や民間事業者の説明会、都市計画決定のための住民説明会では、住民・参加者の声を計画に反映させるための十分な時間と場所を確保すること。

赤羽駅周辺については、部会・庁内検討を含め、ガイドライン検討の全ての議論を公開し、再開発か修復型かの事業手法について、住民合意をふまえ決定すること。

いずれも区として、市街地再開発による大型開発の駅周辺まちづくり方針を抜本的に再検討するよう要請しました。

3つは、議会選出監査委員に関する申し入れです。

議会監査委員については、40年来、党区議団からの選出がない状況があり、新年度の選出にあたり、党議員を対象とするよう要請しました。

区長からは「まずは要請をお受けする。区長の立場から、区民の生活やより良い環境をどうつくっていくか。方法はどれがいいのか。社会が大きく変化している中、常に研究しながら区民のために検討していく」と答えました。

9条改悪反対署名に取り組みました

4月26日、お出かけ日和の日曜日。

地域の皆様と王子駅にて、#9条改悪反対署名 や #シールアンケート対話に取り組みました。

「私も #国会前デモ 行ってきました」と、声をかけてくれる方も😍嬉しいエール交換😊

宣伝の後は、ご相談で豊島5丁目団地へ。ひろばには早々に #こいのぼりの群泳

子ども達がいつまでも平和憲法のもとで、のびのび育ちますように!

健康保険法改定案に反対 国民皆保険を守ろう

4月24日、衆院厚生労働委員会で日本共産党の辰巳孝太郎議員は、健康保険法改定案に対する反対討論を行いました。以下、その内容の要旨。

来年3月からOCT類似薬のうち77成分1100品目の薬剤費の4分の1が保険給付から外され、現役世代の場合、3割だった薬剤費の自己負担が1.5倍に増えます。(花粉症などの季節性の疾患も配慮の対象にならない)

さらに問題は、「一部保険外療養」がOTC類似薬の保険外しにとどまらない無限定な規定になっていること。その対象にすることができる療養には、薬剤以外の診察、処置、入院、手術などが排除されない規定になっている。

「必要かつ適切な医療は基本的に保健診療により確保する」という国民皆保険制度の理念、医療政策の根幹を揺るがしかねない。しかもこれらの拡大は、国会に諮ることなく厚労省内で決定できることは、国民の代表機関である国会の軽視と言わざるをえない。

積み上がっている準備金は保険料の引き下げにこそ使うべき。

以上の理由から、国民健康保険制度を壊す改定案の廃案を求める。

高市政権は、戦争できる国づくりに邁進。「時がきた」と憲法改定に前のめり。殺傷能力のある武器輸出も全面解禁を閣議決定ですすめ(国会の議論は行わず)、防衛予算もうなぎのぼり。

その一方で、こうした医療の保険外しで医療費抑制、国民負担増をすすめています。この姿勢は医療にとどまらず、介護保険の抑制、働き方にも最低賃金引き上げ目標をなげすて、労働基準法の規制緩和もすすめようとしている。

総選挙で一番、期待されていた消費税の減税は遅々としてすすんでいません。

「力による支配」「防衛産業による経済依存」「社会保障の後退」をすすめることは、憲法9条を持つ平和国家としての歩みを大きく後退させ、「平和的生存権」を根底から覆す方向だと考えます。

慌てる朝の出来事

おはようございます😊4月24日(金)王子駅南口からご挨拶。

北区の新年度予算で実現した #奨学金返済支援給付事業 や

#非課税世帯への北区独自のエアコン助成、#王子駅前再開発 など

#区議団ニュース もお届けしました。

「すいません!いつもここにいますか?

お財布忘れっちゃって180円貸してもらえませんか」と学生さんから声がかかりました。

こんな時、慌てますよね~。でも、すぐに助けを求められることはすばらしい!と思いました。

無事、学校へ着きますように(^^)

NO WAR!憲法変えるな!4・19国会正門前大行動

4月19日(日)、全国連帯デモ4.19 #国会正門前大行動 #NOWAR憲法変えるな! に、

地域の皆さんと参加しました😊

全体では36000人参加とのこと!でも、もっと多いように感じました!

1人ひとりの手作りプラカードやフラッグが多彩で素敵。

ドラムを響かせパワフルコールや浴衣で涼やかに歩いてアピールする方、シャボン玉を楽しく飛ばしている方も。

新緑が伸びていくように、主権者の自由と平和をつくる民主主義の力が拡がりますように。

台湾の歴史から人権と民主主義を学ぶ

 私にとっての「台湾」の印象は、コロナ禍で就任した若い世代の大臣が、ITを駆使して感染症対策のインフラ整備を急速にすすめたことや、アジアで初めて「同性婚」が成立したこと。学生や若者を中心に「ひまわり運動」という民主主義を求める活動が起こったこと。最近では高市首相の「台湾有事」発言による外交問題。かつては日本帝国主義の下で、50年にわたり日本の統治下だった歴史などなど、、、、。そして最も直近は、「隙間」という4巻にわたる漫画本を読んだことだ。

その漫画本の中で、台湾の戦後の歴史的な事件である「2・28事件」にかかわる描写もあり、その内容に私自身衝撃を受け、公権力による人権侵害について学び、考える機会となった。

「2.28事件」とは、1947年2月28日、日本の植民地支配から抜け出した喜びもつかのま、内戦の影響と台湾を接収した中華民国政府による高圧的な支配を受け不満が高まっていた中で、闇たばこ取り締まりの誤射により市民の1人が死亡したことに抗議した台湾群衆に対し、衛兵が機銃射撃で罪のない住民を虐殺した事件である。

この事件は、台湾全土を揺るがす全面的な反政府デモに発展し、行政長に対する民主的な話し合いや選挙などの交渉努力が行われた一方で、行政長官が中国大陸にいた蒋介石に軍隊の派遣を要請し、3月8日の台湾上陸以降、国民大会代表、弁護士、医師、教師、公務員、鉄道職員、市民、若者らが、手あたり次第、逮捕・拘束・拷問・射殺・暗殺され全面的な鎮圧が展開されたという。

更に、蒋介石が率いる中国国民党が中国共産党に敗れ、台湾に撤退すると、「我々こそが本当の中国」「共産党とはまだ戦争状態」との大義名分の下で、言論の自由をはじめ、憲法に守られるはずの諸権利が市民から奪われ、出版や報道の制限・検閲や、社会主義、台湾独立の主張はもちろん、国民党や政府に反対するあらゆる声が取り締まりの対象となり、政治犯として捕まった多くの人(政治的活動をしていない人も)は、軍法による非人道的な拷問や処刑が行われた。(家族や遺族も社会的に排除された)

この蒋介石(中国国民党)による戒厳令独裁政治は、白色テロの時代とも称され、1949年~1987年の38年間続き、こうした悲劇を語ることもタブーであったという。また、中国人になることへの強制で学校では中国語を必ず使い、台湾語や原住民族の言語も長く使えない状態が続いた。(1971年国連脱退。1972年日本と断交。1979年アメリカと断交。国際的にも「中国」と認められなくなっていた)

こうした厳しい状況の中で、投獄と処刑のリスクを負いながら、台湾市民は政治と社会に関心を持ち、公権力による人権侵害に立ち向かい、民主化を求める運動を続けてきた。(その中には、100%の言論の自由を求め焼身自殺したジャーナリストもいる)

1995年2月28日、当時の李登輝・総統は、国家元首として、二・二八事件の犠牲者の家族と全国民に向け謝罪を行った。1996年、始めての大統領の直接選挙が行われ、教育も台湾史を学べるようになった。2000年の選挙で初めて政権交代が起こり、その後の選挙でも政権交代が繰り返され、2016年には、初の女性大統領(民進党)が選出された。(現在は、民進党政権だが野党が国会多数となっている)

2019年~2020年の香港国家安全維持法に対する、台湾の人々の思いも複雑ではないかと考える。

台湾の歴史を学び、私が1番強く受け取ったメッセージは、公権力の抑圧からの自由だ。

二二八国家記念館(日本統治時代は台湾教育会館)にあるパンフレット表紙

二二八国家記念館にある 2007年油画「縛られた冤魂たち」

2.28事件において、基隆地区に上陸した軍隊が、逮捕した市民の手首と足首を針金で貫いて縛り、射殺する場面を描いた作品。銃弾で命を落とさなくとも、ラインにおける前の人に引きずられて海に落ち溺死することになる。

国家人権博物館景美区 に展示されている足錠 

その施設は、1957年~67年まで軍の学校だったが、1967年からは「景美軍看守所」として、白色テロ時代の政治犯として疑いをかけた人の拘置、拷問や秘密裁判が行われたいた。死刑判決が言い渡されたものはすぐに銃殺刑にされ、懲役刑の判決を受けたものは、軍人監獄や緑島(台東港から船で約1時間離れた島)に送られ長期間監禁された。

鉄線で作られた鳥に、果てない自由への渇望を見る

国家人権博物館景美区 内にある白色テロ犠牲者(12062人)の名前が掘られた石碑

白色テロ緑島紀念園区 日本統治時代は「火焼島浮浪者収容所」だったが、戦後は政治犯が収容され、戒厳令解除後は普通の刑務所を経て、現在は政治受難者の人権博物館に。  

新生訓導処(思想改造)時期の模型展示

ゴツゴツした岩を切り出しかついだり、水汲みの運搬で身体中が傷だらけに。情報が入らないため魚を釣りに出た時など捨てられた新聞紙を拾い集め、皆でまわし読みした。

政治犯の閉鎖式の監獄(緑州山荘)月1回だけ面会可能で、海をわたり家族が来るが、窓越しに通話機で15分だけの会話。すべて盗聴された。

収容所で問題の人は離れた独房に送られたが、その場所は立ち上がることもできない狭い空間。1日1膳、1杯の水しか与えられず。大小便もその場でするしかなく排泄物と蚊にまみれこの世の地獄だった。

15年もの間、収容された受難者の眼科医は、妹への手紙が心の支えだった。妹に子どもが生まれたことを知り、海から木々を広い集めるなどして、長年かけて医務室でバイオリンを手作りし、姪に送ったという。

1984年、週刊誌「自由時代」を創刊した鄭南榕。1986年、519グリーンアクションを呼びかけ、国民党政府の37年間に及ぶ戒厳令に抗議し、即刻解除を求める。台湾独立100%の自由を求め、「私をとらえることができるのは屍だけ」と、警察隊が入る前に、編集室で焼身自殺した。

台湾市街地で並木通りにもなっていた「がじゅまろの木」街のあちこちで見られる。根のようなものや髭のようなものが勢いよくのびている。

東京都王子第二ポンプ所 新設見学会へ

4月13日(月)、#王子ポンプ所 の隣に、#王子第ニポンプ所 が完成(総工費200億円)し見学会へ。

東京都下水道局の職員の方々より施設内を案内、ご説明致きました。

排水機能は、1.4倍に向上!25㍍プールを25秒で空にするパワー。

東京都の下水道は合流式のため、大雨が降ると汚れた水が川に流れてしまうことが汚泥・スカムの原因の一つ。そのため、一時的に地下貯留地に貯めて、後からキレイにして流すようにします。

第2ポンプ所で13000㎥、25㍍プール43杯分の水が貯められます。

「小学校の子ども達も見学に来て、最後にありがとうの花を歌ってくれたのがとても嬉しかった」と職員さん。

日本共産党都議団、北区議員団連携し、幾度にわたり水害被害を受けた地域住民の声をもとに、王子ポンプ所の機能強化も求めてきました。

区民、都民を水害から守り、環境対策もすすめる重要な施設。引き続きどうぞ宜しくお願い致します🙇

施設内にある4か所のポンプ!

砂やごみを取り除く行程

手前が貯留施設。左横の石神井川口。対岸手前は隅田川。対岸中央がみやぎ水再生センター。

春の海 大洗海岸で平和を願う

後援会の皆様と #春のバスハイク で #大洗海岸 #大洗磯前神社、

お魚市場に #めんたいパーク へ行ってきました(^^)

久しぶりに春の大海原を見て、心晴れ晴れ〜😍

車中の自己紹介では、皆様から平和・憲法への思いもこもごも語られました。

楽しくバスハイクができるのも平和であればこそ〜!

海の幸に舌鼓。笑顔に囲まれ嬉しい1日。ありがとうございました😊

せいの恵子都議会議員もご一緒しました(^^)

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