性とこころのアディクション 学術研究大会

6月20日(土)第15回日本「性とこころ」関連問題学会学術研究大会を聴講しました。

アディクションは「孤立の病」との言葉がとても印象に残った。違法とされる薬物使用は、病気、犯罪という側面があるが、矯正施設に入所し、社会から隔離され、自由を制限され自尊心が低下することは、アディクションを深刻化させる要因のひとつになってはいないかーと、課題提起され、

再び社会で「自立」して生きられるために必要なことは、依存先を増やすこと。その中で大事なことは、顔の見えるつながりをつくること。相談機関や窓口も自分だけではなかなか行けない。ハードルが高い。「〇〇のAさんのところに行こう」というようにコネクションが大事ではないかと語られました。

海外では、刑罰ではなく、治療、リハビリテーション、職業訓練で社会復帰させる制度がある。日本でも、映画「プリズンサークル」が紹介されたが、施設内での治療プログラムや自助グループのミーティングなど、できることをすすめたいと述べられ共感した。

加害者家族支援の現場でも、性犯罪・性加害事件の相談は増加傾向にある。その中で近親性交はかつて「近親相姦」と呼ばれ、タブーにされ、その実態は明らかにされてこなかった。

しかしこれは、関係性を紐解いてみる、家庭という一番身近なところで起きている性暴力であり、家庭が安全な場所となり、すべての人が安心して日常を送ることができる社会の構築に避けて通れない問題と強調。

性暴力が生まれる背景には、男女不平等社会がある。ジェンダーギャップ128位の日本社会。家父長制の強い日本社会で、父という権力、母という暴力、長男という呪いーの中、社会の中では許されないものが、家庭の中の関係性で現れると指摘。

さらに阿部氏は、歴史的には「戦争トラウマがあるのではないか」と。戦争は暴力。目の前で人が殺され侵される。暴力が常態化し人の尊厳が奪われる中で、人は正常ではいられない。戦争はだから駄目。

加害の奥にある被害体験。尊厳を奪われた人は、他の人の尊厳も奪う負の連鎖になる問いかけました。

私自身も先日は、映画「父と家族とわたしのこと」を鑑賞。その中で、戦争トラウマを抱えた父親から家族が受けた暴力と、その傷をかかえ人生を歩み、乗り越えていこうとする過程が丁寧に描かれていたことを思いだした。

また、阿部氏は日本では、加害者の家族や親が社会から追いつめられ責任をとって自殺することもあると述べ、加害者家族支援を行っているが「あなたは悪くない」と言ってあげてほしい。「あなたがやったわけじゃない」「幸せになっていいんですよ」と。

少年鑑別所では、非行には、必ず理由がある。少年が非行行為に至るにはその背景がある。少年がどんなことに傷つき、どんなふうにはじき出され惨めさや怒りを蓄積させていったのかを把握していく。

現代はSNSによって、女児の性被害、男児の性加害、教職員による性加害、学校以外でも急増している。子ども時代の性被害は後々まで、心身に深刻な影響を与え続ける。性被害は、薬物、ODにもつながってくる。

性加害として実例のケースも紹介。性加害行為に及んだ少年達は、真面目なごく普通の学生に見える。成績も悪くなく、家庭は貧困ではなく両親が揃い、一見、恵まれた環境に育っている。しかし、家族内に葛藤や苦痛を抱えて人知れず悩んでいたり、学校の友達関係に不適応を抱え、悶々と時を過ごしていたりすると。

加害のみをみて禁止や罰を与えるだけでなく、その被害や傷つきに目を向け、治療的、支援的に介入することも必要。介入がなければ、その後生涯、性被害を生み続ける。性加害少年の認知の歪みがある。本人に快楽であるものが、相手にとって苦痛であるということがわからない。再犯をふせぐことが本人にとっても重要。なかったことにしない。

包括的性教育が必要だと強調されました。

今日得た学びを、家族をはじめ、人間関係、相談活動、区の行政施策へとつなげていきたい。

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